やぶにらみ見聞録

鹿に拘る その1     

 その1−鹿革    何故鹿革に拘るのでしょうか?



下の革は小さい桜模様が染め抜いてあり、小桜革と言います。   茶色の革は「燻し革」と言って、煙で燻した物です。

 何故、防具には鹿革なのでしょうか?          
かたくなに合成皮革を拒否し、鹿革にこだわる職人は偏見か?それとも無知か? みなさんもそう思いませんか?
メールでの問い合わせもあり、今回は鹿革の秘密を探ってみました。

  武道具店の中で「クラリーノが手の内革に最適」との声を時々聞きます。
確かに厚さが均一で仕事がし易く、皮革製品に付き物のむらがありません。
であるならば何故全ての防具職人が採用しないのでしょうか?

めがね拭きの際、テイッシュペーパーで擦っても曇りが取れず綺麗にならない事が多くあります。
ハンカチやおしぼりで磨いたときも同様何かしら残ります。
ところが鹿革のセーム革で擦るとまか不思議、いくら汚いセーム革で磨いても瞬時に透明に綺麗になります。
世界に冠たる日本のカメラは「レンズ」にあります。 そのレンズ磨きに無くてはならない物、それが鹿革です。
自動車の付属品に昔は鹿革が付いていました。 
水洗いの際、タオル以上に窓ガラスやボデイの磨きに無くてはならない物でした。

何故鹿革なのか、牛革や他の皮革ではだめなのでしょうか?
決定的な差は合成皮革は吸湿性と保温性を持ち合わせていない事です。
  その理由は鹿革が動物皮革の中でもっとも細かい繊維束を有している事です。
 クラリーノは現在人間が製造した繊維ではもっとも細かい部類ですが、直径は0.002ミリ、鹿革は1本の直径が1千万分の15ミリとその細さは比べようもありません。
 この極細のコラーゲン繊維が何百本と集合し細かい繊維が鋭角的に汚れとレンズ面に入り、さらに天然の親水性をも併せ持って、細かい繊維素の間に汚れを捕捉して抜群の汚れ取りの能力を発揮するのです。

 汚れ取り能力が何故手の内に最適なのか?、防具に最適なのか?
それは前記細かい繊維間に保たれる通気性と親水性にあります。
この通気性こそが日本の四季に適した、「夏の高温多湿では湿気を吸収し、乾燥した冬の寒さからは保温性を」といった防具材料として最適で、武具材料としても好んで採用されている最大理由なのです。 
(秀吉が戦場で長期間燻し鹿革のふんどしで過ごしたとの逸話も残っています)
試しに両材料を水につけて比べてみて下さい。               

合成皮革のドライな手触りと軽い質量感、そしてその手の内を介して竹刀を握った時の追従感の相違と違和感ーーーーー。  もう言うまでもありません。

 しっとりとした手触りをもたらす日本独特の革鞣し技術、燻しにみられる加工法。
その特質に拘りをもって、1枚の革から使い用途に応じ、皮の延び、取り場所、方向を考え、その質感と感性を指先に感じ、防具に反映させている技術、
 それこそが日本の文化、伝統であり、護って行かなければならないと考えています。


 燻し作業中の辻本会員

藁では茶、松葉では鼠色、と革色も変化する
 兜の内張にも見られる燻し鹿革   本物は「煙」の臭いですぐ判る