やぶにらみ見聞録

鹿に拘る  その2      

その2−鹿毛   何故鹿毛なのか?

 4年に一度サッカ−のワールドカップが開催されますが、そのサッカーボールはドイツで作られ、何万個という中から数%のボ−ルだけがが選ばれて世界で使われます。

 そのサッカーボールはハイテク技術の集積物と言われ、表面素材の裏側部分の空気層が最大のポイントといわれていますが、皆様の剣道具、いや剣道具が世に出て以来、その現代のハイテク以上の素材が使われていたのをご存じですか? 

 それは前記「鹿革」、と甲手の甲手芯として使われている「鹿毛」なのです。

鹿の毛はその中心部分が中空構造になっていて、
太さに比例して先端までミクロの穴が通じています。 
 中空構造による毛細管現象で一筆中に多くの染料を含み、なおかつ先端まで通じていることにより染料のボテ落ちが無く、友禅の文様を書く筆の素材として無くてはならない物です。

 毛細管現象を助ける(節)が中空のパイプの中に見られます。
 これが染料のぼた落ち防ぐのに非常に役立つ独特の特徴的です。

 鹿毛の刈取りでは、パイプをつぶさない柔らかな刈り取りの超熟練技術が要求され、円形の刃物で念入りに毛の方向に沿って毛の質を熟知した職人により刈り取られていました。


刈り取った後の毛はまるで生きているかの如く、同じ方向に丁寧に並べられ、保存され、大切に筆作り職方に運ばれて友禅筆に加工されてゆきます。  下左画像
  鹿の毛を斜めに切った様子    切り口断面からストロ−状態と内部の毛細管現象を助ける構造が見える


  「明山」の甲手に詰められた「鹿毛」

 「甲手」は甲手布団と甲手頭部とは別の要素が要求されます。

甲手頭部分(甲手の指先が入る部分)は竹刀で打たれても怪我をせず、拳を痛めないように保護することが要求されます。
手首部分には特に柔らかさと動きへの追従性、打たれても痛くない緩衝性と相反する要素が要求されます。  そして軽さ。

甲手頭部の芯剤にそれこそ布団と同じ物を使ったら剣道になるでしょうか?    手首の返しは−−−

甲手造りの先人は鹿毛に注目しました。
鹿の毛はそのパイプ状の空気層が軽さの秘密です。 甲手頭や全体の軽さを約束します。 使っている間に手の形に添ってパイプが潰れ体型に馴染んでゆきます。  特に手首の柔らかさや返りには追従性が他の芯材に較べ抜群の効果を発揮します。又、叩かれてもパイプが潰れ、クッションの役目を果たします。

その鹿毛の特製により、長期の使用で鹿毛のパイプが潰れ、粉状になる場合があります。
あまり薄くなった場合は専門店にご持参いただき、鹿毛の追い詰めをすると元の感覚が戻ります。

 以前は鹿毛を多めに入れて使い込んで馴染みを待つ甲手が普通でしたが、軽い、柔らかい、からという理由で最近の毛詰めを少なくする流行にいささかの危惧を感じています。  
 使い易さだけを安易に求めて「防具」としての本質は大丈夫なのでしょうか?
 多く毛を入れても違和感を持たない本物の甲手造り職人が少なくなったのでしょうか? それとも昔からの甲手職人が認知されないのでしょうか?

昔の甲手造り名人は指の動きに合わせ、鹿毛の方向まで考慮して甲手に詰めたと言われています。
(筆者も挑戦するのですが残念ながら未だ到達せず、悶々とーーーーー。)